2009年 12月 08日
APV法とWACC法
例えば、一般的なWACCを使った事業価値計算方法は、事業から得られるCFを株主資本コストと節税効果を組み込んだ実効負債コストを加重平均したWACCで割り引いて価値を算出する。つまり、負債による節税効果は、CFには組み込まず、資本コストに組み込んで計算する。この方法は、非常に簡単であるが、負債の返済による負債比率の変化の効果を考慮するのは面倒というデメリットがある。
これに対して、APV法は、節税効果によるCFと事業そのものが生み出すCFを分けて計算し、それぞれ価値を算出し最後に合算してその事業全体の価値を算出する。メリットは、事業そのものの価値を資本構成によらず計算できる点であり、負債の変化の効果を組み込みやすい。このメリットから実務ではAPV法を使うことが多いようである。
具体的な例でAPV法とWACC法の関係を考えて見る。
売上 100
売上原価 75
販売管理費15
営業利益 10
支払利息 1(4%)
経常利益 9
税金 3.6
税引き利益5.4
FCF 6
負債 25
株主資本 75
リスクフリーレートrF 2%
リスクプレミアム RP 3%
アンレバードβ 1
上記のような企業の企業価値を算出してみる。簡単にするためにすべて一定の場合とする。
WACC法で価値を算出する場合、まずWACCを算出しなければならない。欲しい情報は、株主資本コストと時価ベースの負債比率である。株主資本コストはCAPMを使って算出できる。しかし時価ベースのD/EがないとWACCは求められない・・・
APV法は資本構成(D/E)に依存しない事業そのものの価値を算出できる。この事業のリスクは、CAPMより、
Ra=rF + β * RP
=2% + 1 * 3%
=5%
この割引率でFCFを割り引くと、全額株主資本で調達した場合の企業価値が算出できる。一定永久型より、
アンレバード企業価値 = FCF / Ra = 120
実際この企業は負債D=25であるのだから、支払利息による節税効果によって200より価値は高いはずである(支払う税金が少なくて済むから)。その効果をタックスシールドと呼ぶ。支払い利息によって課税所得が少なくなり、浮いた税金の額は、
節税効果CF = 支払利息*税率
= 負債*金利*税率
= 25 * 4% * 40%
= 0.4
この0.4だけ税金を支払わずに済んだ、言い換えると、負債によって国からCFを得ている。このCFによる価値をアンレバード企業価値に合算するとこの企業の真の企業価値が算出できる。
節税効果CFのリスクは、負債コストやRaなどいろいろな考え方があるが、税金の額は、税引前利益に連動するので事業のCFのリスクであるRaとするのが正しいように思う。ただし、負債の額が変動する場合、これによっても税引前利益は変動してしまうのでD/Eが一定の場合という条件が正しくはつくはずである。一方、損益計算書において、キャッシュが支払われる順番は、1債権者(支払利息)、2国(税金)、3株主(配当)であるから、事業のCFのリスクRaよりは小さくするべきだと思う。私の考えでは、節税効果CFの割引率は安定な企業の場合はほぼ負債コストrDとしてよく、リスクが高い場合は、Raに近づけていけば良いと思われる。
今回の場合は、安定な場合として良いから、節税効果CFの割引率は負債コストを用いる。
節税効果CFの価値= D*rD*t/rD
= D*t
= 25*40%
= 10
ここまできてようやく企業価値が算出できて、
企業価値EV = アンレバード企業価値 + 節税効果価値
= 120 + 10
= 130
となる。ここから負債を差し引くと株主価値(=時価総額)が算出できて
株主価値E = 130 - 25
= 105
ところで、WACC法によると企業価値は、
企業価値 = FCF / WACC
となるはずだから、今算出した企業価値とFCFからWACCが逆算できて、
WACC = FCF / 企業価値
= 6 / 130
= 4.6%
となる。もちろん,βe = βu ( 1 + D/E(1-t))の関係式を使って,株主資本コストを算出し,加重平均からWACCを計算することもできる。このように,WACC法は,時価総額を求めたいのに,それを算出するために時価総額が必要であると言う矛盾を抱えている。一般的に,経営者が目標としたり,業界で適正だと考えれているD/E水準を適応することが一般的である。しかし,APV法は資本構成に依存しない純粋な事業価値を算出できるので,便利である。
だからといってWACCがいらないわけではない。WACCは投資のハードルレートとして重要な意味をもち,重要な概念である。
by km_g
| 2009-12-08 19:26
| ファイナンス